神保町のスタバで話すお姉さん
土曜日の真っ昼間,スタバ。窓側の席のカウンター奥に座ってパソコンで作業をしていると,隣にノースリーブの鮮やかなワンピースを着たアラサーの女性2人が座った。
この2人が神保町に似つかわしくない,港区女子のような,男をお金でしか見ていないようなトークをしていて面白かった。
「私,もう同い年の男性は話す内容がつまらなくて,26〜32くらいの年下の男性の方が楽しいんだよね」と悪気もなく喋る。おそらく34歳ぐらいと思われ,それぐらいの男性のいい人はすでに結婚していたり,会ったとしても新しいことを知らないから刺激がないのだという。
「この前会った26歳ぐらいの人は,最近のガンダム見ていますか? とか新しい情報を知っていて面白かった。恋愛対象は上の年齢は上がらないけど,最近は下の幅が広がったかなぁ〜」とあっけらかんと喋っていた。
隣の席で,顔こそは見られなかったが,喋り方から醸し出る静かな自信や見切れる服装の上品さから,キレイな方なんだろうなと思ったが,30代中盤でもちやほやされて生きていると,いつまでも女子でいるんだなぁと少し痛痛さも感じる。
「マッチングアプリで出会う人も,医者や商社の人が多いよ。この前,2軒目に行こうと誘ってきた男性は一軒目でおごってくれなくて,もうこの人いいやって思った。それに比べて,最近会った年下の男の子はトイレに行っている間に会計を済ませていて,すごいよかったなぁ」と話していた。
ある程度,年収の高い男性を相手にする女性のグループにおいては,男性を如実に支払いの良さで見ていて,お嬢さんとして扱われることに,自尊心や誇りを感じるんだなと思った。
こういうグループに属していると,自分がどれだけいい男と付き合うかが,大きな価値基準になってくるマウンティング社会になっていって,価値観や性格といった男性の内面で相手を見極めることは,難しくなるのではないかと思った。
ある女性の知人が,CAの業界ではそういうマウンティング社会で,身につけているものの一つや男性の職業で,相手を判断する意識が強まっていると聞く。
男女平等で女性の社会進出が促進され,共働きの世帯も増えていく中で,男性に依存するような生き方を是とするグループも根強くあるんだと感じた。しかも,20代前半とかならわかるが,30代半ばで,もはや若いとは言えない年齢でその価値観をもっていることにも驚いた。
一方で,結婚相手に求める理想の年収は500万円台〜という調査結果を見たことがあり,こういう不況の時代において,結婚相手によって贅沢をできるか,貧乏を味わうかは女性にとって結婚における大きな意思決定の一つなのかもしれないとも思った。
エヴァンゲリオンのアニメ版の感想
最近,劇場版のエヴァンゲリオンを見て,わからなさや心象表現の不気味さから,珍味的に好きになった。
遡って,アニメ版のエヴァンゲリオンを全部見終えたけど,映画版よりもよりハードでわからなかった。
正確に言えば,十四話あたりぐらいまでは理解はできたけど,それ以降については意味がわからなくなった。特にラスト三話あたりは,登場人物の心象表現が中心的で,もはやストーリーとは無縁の内容にさえ思えた。
調べていないので推測にはなるが,物語を作っていくなかで,ストーリーが壮大になりすぎるあまり,アニメ版で終わらせるのは不可能と悟っての強行手段だったようにも思う。
また,次回予告がだんだんと粗くなり,絵コンテだけになったり,実際の映像も過去の映像の使い回しをするようになったりと,制作が間に合っていないための応急処置だったようにも思う。
シン仮面ライダーでの庵野のこだわりぶりを見るかぎり,当時の現場の疲弊感やアニメ放送のタイトなスケジュールを考慮すると,簡略的な方法で映像を作らざるを得なくなったのかもしれない。
だからこそ,映画版でエヴァの終わりをつくりたかったし,ファンも期待していたのではないかと思う。
そういう意味で,劇場版シンエヴァンゲリオンの最終回を見ると,庵野がエヴァからの呪縛が解かれて,ようやく楽になったようにも思える。
勝手な想像です。
1人でいると元気がなくなった
東京で独身生活を送っている。平日は働き,休日は休みである。
30歳になり,周りには結婚する人が増え出した。学生時代にサークルで飲み明かした友達も,今やSNSに子供の写真をあげるようになり,時の流れを感じる。
休日は1人気ままに過ごすのが好きで,幼少期から友達と遊ぶのは学校で,休日は家で漫画やゲームをして遊ぶのが好きだった。
今もその感覚は変わらないが,仕事もコミュニケーションが多い職場ではなく1日誰とも喋らずに終わる日もたびたびある。休日も本を読んだり,Netflixを見たりして,過ごすと誰とも喋らない日が続く。
ある日,同僚とランチに行った後で,個人的には普通に話していたつもりだけど,「元気がなさそうだけど大丈夫?」と心配された。また別の日では,友達から同じようなことを言われた。
自分としては,心配なことや不安なことはなく元気ではないとすら自覚していなかったが,周りから見ると心配されるぐらい,元気がないようだった。
振り返るに,1人でいると単純にコミュニケーション能力が落ちるようだった。そもそも話さないため,顔の表情はかたまり,脳の言語機能も衰えるのではないかと思う。例えば,運動や楽器の練習を何日か空けたりすると,途端に能力が落ちるような感覚に近いと感じている。
人との会話や会議でのファシリテーションが苦手なことがあるが,単純にこういう人と話す機会が極端に少なかったからなのではないかと思う。
1人でいると楽しいし,傷つくこともなくセーフティーゾーンであるように思うが,その代償として元気さが奪われたり,コミュニケーション能力の低下をまねくように思った。
そのため最近では意識的に同僚をランチに誘ったり,週末には友達とご飯に行ったり,人と会う予定を入れたりするようになった。最近では,話すことも好きになっているので,続けていきたいと思うし,何かのコミュニティに属すのは自分にとっては大切だと感じている。
アメトーークで「BS大戦争芸人」の感想
昨年の秋ぐらいから「ケンコバのほろよいビジホ泊」にハマって,毎週欠かさず見ていたから胸熱である。
登壇者はずん・飯尾,ドランク・塚地,バナナマン・日村,ケンコバ,博多華丸・大吉であった。最初30分ぐらいは,各BS番組の紹介に時間が取られていて,前提をそろえるのに時間がかかりすぎている印象があった。もっとBSあるあるを聞きたかった。
番組で面白いと思ったのは,BSではシンプルな番組構成が重要だということ。ゲーム性やギャグを取り入れて盛り上げようとすると,ディレクターから注意を受けるようだった。
メインの視聴者層が40代以上と思われるから,自然体でゆっくりしたコンテンツが求めているんだろうなと思った。個人的にもケンコバが気取らずに,テキトーに話しているのが,リラックスしながら見られるのでいいなと思っていた。
ヒムウォークとほろよいビジホ泊では,スタッフが一緒で,iphone2台で撮影していると言っていて,驚いた。最低限のスタッフで,予算も限られているなかだと思われるが,それでもiphoneで撮っているとは気づかなかった。自然体で話せるのも,iphoneだからも一つの要因のように思った。
また若手のスタッフが取り仕切っているようで,若手の成長機会の場としてもいいと思った。
番組の終盤で,「新たなBS番組を作るとしたら?」というテーマで話していて,ずん・飯尾のまかない飯,ケンコバのB定食旅,ほとちゃんの花番組など,どれも面白いなと思った。
自分だったらどういうテーマでやろうかなと考えると,カレー探訪クラブ,謎のバーで飲む,地方のばあちゃん家のご飯を食う,よくわからん協会めぐり,とかやってみたい。
低予算で,シンプル企画勝負のBS番組は目が離せない。ちなみに,芸人さん以外の番組でも「あの本,読みました?」とかの文化系番組も結構好きである
優秀な人たちとの雑談
昨晩,とある学舎で同じになった30歳前後の人と4人で話し合う場が起きた。
3人以上になると末っ子気質が発生して,完全に思考停止するのは,改善したいと思いつつ,どうすればいいのかはいまだにわからない。
それはさておき,他の3人は言語化が上手いなというのが率直な感想であった。具体的には今後何がしたいのかや,ある事象やエンタメ作品に対して世間はそう思うけど,私はそうは思わないという自分軸で判断していたのが,印象的だった。
老舗企業にいて,仕事内容が硬直化し,意見を求められる機会の少ない企業に在籍していると,思考停止になり,そういうことを考える機会がないなと思った(だから喋ることができなかった可能性はある)。
周りの人は優秀で,自分の考えをもっていて,努力している方々であり,その根源には,何をしたいかが明確であり,自分の好き嫌いを深掘りして考えているように思った。
これは,結構衝撃を受ける出来事であった。編集者であるならば,著者はもちろん,各関係者とコミュニケーションをとって,本を作る必要性があるが,その際に論理的に説明したり,自分なりのこだわりを伝えるのは相手から信頼を得るためにも必要だからだ。
もちろん,有耶無耶に自分の不平不満を伝えるのはどうかと思うが,仕事としてのこだわりや今後の展望を見据え,人に伝えていくのは大切なことだと思った。
だからこそ,3人の話を聞いているにつれ,自分がどれだけ思考停止しながら生きてきたかが,痛感するような時間帯となった。
なぜ思考停止するようになっていたかというと,環境の要因は大きいと思う。職場では仕事だけをする機会であり,そのように直接的に自分はこう思うというコミュニケーションをとる機会は限られている。
また,一人暮らしであり,家に帰っても話す機会がないことがある。さらには,友達と一緒に過ごしたとしても,エンタメの感想の批判や今後の展望について語り合う機会というのは,ほとんど起きない。話したとしてもなんか照れ臭い。
このエンタメの良し悪しを話す機会や今後の展望を語るというのは,言語化が重要であると思う。そのためにも,人とそのような話す場を設けるのも重要だが,そういう作品に触れた際には,自分がどう思うかを自問自答することが重要だと思った。
ただ書くことについては今までもしており,ブログやメモ機能で書き込んでいるので,話すというアウトプットにもシフトしていく必要がある。家で独りぶつぶつ話してみるとか,がいいかもしれない。
思考停止しないようにしないためにも,優秀な同じような志をもつような人と一緒にいるというのは,刺激を受けて気付かされることが多い。
また,結局ほとんど話さなかったので,自分の力量を痛感する時間帯となった。自分の考えや気持ちを分析して,話せるようになれたらいい。
ベース練習からの学び
10年ぶりぐらいにベースを趣味として始めた。人生で楽しかった瞬間を3つ挙げろと言われたら,間違いなく中学校の学祭で全校生徒の前でバンド演奏をしたこと。
友達と音楽を演奏すること,全校生徒が喜んでくれること,ベースを弾ける楽しさが甘美な瞬間だった。
その楽しさをまた味わく,ベースを再開してみようと思い,セッション系の社会人サークルに参加してみた。そこで演奏してみて,気づいた。めっちゃ下手くそであった。
リズムが走ったり,簡単な曲しか弾けなかったりと。セッション系だとコード進行をベースにして,それぞれがアドリブでソロを弾くことなど,中学時代のコピーバンドとは訳が違った。
だが,ここで演奏してみて,自分の目標と課題に気づいた。
目標:
ジャムセッションでアドリブソロを弾けるようになる
課題:
・リズムキープをできるようにする
・音楽理論を理解する
・指板の音階を覚える
・バンドできる場を他にも見つける
この課題設定を踏まえて,取るべき行動を考えると,
・メトロノームを使った練習
・コード譜で演奏してみる
・他の音楽サークルにも顔を出してみる
といったことが考えられる。
こういったことを考えていると,「仕事にも転用できる考え方では?」と思った。
仕事でも,目標を設定して,その目標を到達するための課題を分析し,取るべき行動までブレイクダウンさせていく。それをある程度,進めていく中でできることも増えていくと思うので,また課題設定を見直し,取るべき行動を変更していくと成長のサイクルに入るように思った。
趣味で始めた好きなことからの学びは,仕事にも転用できるんだなと勉強になった。
みんなNISAをしている
僕はNISAをしていない。そんなに貯金がないし,性格柄株価の乱高下に気を取られて生活に支障が出そうで嫌だ。また,契約が煩雑で難しそうなイメージがある。
ところが,6人ぐらいの同世代での飲み会があったが,その時に僕以外の全員がNISAをしていた。ある人は毎月10万円をNISAに投資していると聞く。
その時の周りからの目は,なんでしないの? しない意味がわからない? 情弱じゃね? みたいな宇宙人を見るような視線を感じた。
自分のお金だし,迷惑かけているわけではないから,いいやんと思うけど,なんだかやっていないだけで,ものすごいマウンティングを取られているような気分になる。
おそらく同世代からしたらマジョリティがNISAをしている人である。日本社会はマジョリティには寛容だけど,マイノリティには不寛容だなと思う。だから,本来はそんな興味ないけど,なんとなく儲かるとか,周りが始めたからでやっているような人が多いんではないかと思う。
個人的にはある程度,資産ができて,30を超えたあたりで始めるのがいいんだよなと思っている。今は仕事に集中したいから,NISAのような投資関係は後回しになってしまっている。