革靴は誰がためにある?
会社はスーツ出社が規定なので,必然的に革靴で行かざるえない。
だが,この革靴というものは通気性が悪くて熱や匂いがこもりやすく,クッション性も毎日履いているとなくなり足が痛くなることが多い。
出社時の憂鬱なポイントの一つとして,革靴を履くこととが大きなウエイトを個人的にはしめる(スーツを着ることもある)。よく考えてみて欲しい。週末に遊びに行くときに,革靴やスーツを着ていく人というのはいるだろうか?
おそらくそんな人見たことないだろう。なぜかというと,動きにくく,疲れてストレスがたまるのだからだ。
そうなってくると仕事の時に革靴を履いているというのは,みんなビジネスのルールに則って当たり前になっているものの,どこかで無理をしているからだと感じる。みんな履きたくないのに,社会に排除されるのが嫌で履いているのだ。コロナ禍でマスクを外したいけど外せないという,人の目によってあるいみ縛られているのに違いない。
そもそもどうして着物を起源にもつ日本が革靴を履くことを強いられていたかと思うと,明治の文明開化にあるのではないか。わからないが,欧州や米国を視察しに行った際に,スーツで革靴の人たちを見て,日本に輸入したのではないだろうか。
またはビジネスの場面で外国人を相手にするときに,着物や袴で交渉するのでは相手になめられると思い,スーツに革靴を日本人に履かせるようになったのではないか。今年のG7だって,岸田総理はスーツに革靴だった。別に袴に下駄で,ウクライナ情勢の交渉をしたっていいのではないだろうか。
長々と書いたが,要するに革靴を履くのが嫌なのだ。スニーカーを履きたいのだ。
そこで考えた。革靴っぽいスニーカーを履けばバレないのではないだろうか。頭の上で電球が光った。早速,靴屋に直行した。すると革靴10000円が半額の値段で売られていた。安い!そしてカッコいい! ためらわずに即購入した。
スーツに合わせるとビシッと決まるではないか。革靴はカッコいいのである。